フランシス・ベーコン展 特別企画|熊川哲也インタビュー

  • フランシス・ベーコンは1992年に82歳で亡くなるまでロンドンを拠点として精力的に創作活動を続けていたのですが、熊川さんは1987年にロンドンへ渡られて、1998年までロイヤル・バレエ団のプリンシパルとしてご活躍だったので、ちょうどベーコンの晩年にロンドンで過ごされていたのですね。
  • 僕がロンドンで暮らしていたのは15歳からの約13年間です。ロンドンで暮らし始めた1987年は、サッチャー政権の後半で、かろうじて近代化されていない古き良きイギリスが残っていました。木製のエスカレーターもあったぐらいです。ただ1987年にキングス・クロス駅の大火災があり、その復興と共に一気に色々な分野で近代化が始まった印象ですね。
  • 熊川さんがロンドンで活躍されていた頃はちょうどロンドンの転換期だったのですね。その当時ベーコンのことはご存知でしたか?
  • 残念ながらよく知りませんでした。ただ、今改めてベーコンの作品を見ると、バイオレントかつセクシャルなロンドンの空気感のようなものをすごく感じます。彼はアイルランド独立運動さなかのダブリンに生まれたので、相当暴力的なものから影響は受けていますよね。ロンドンでは80年代になってもアイルランドと英国の紛争の傷跡のようなものはまだ色濃く残っていて、アイリッシュパブも独特の雰囲気でしたね。そういう時代背景を考えるとベーコンの作品から漂うセクシャリティや身体性は非常に納得がいきます。
  • もしからしたらロンドンのどこかでベーコンとすれ違っていたかもしれませんね。
  • そうですよね!ベーコンのアトリエがあったサウス・ケンジントンはよく通っていましたし、ベーコンもロイヤル・バレエ団の本拠地であるロイヤル・オペラ・ハウスにも来たことがあるでしょうからね。余談ですが、その当時のロイヤル・オペラ・ハウスではプラシド・ドミンゴやホセ・カレーラスがいて気軽にしゃべっていました(笑)。
  • 熊川さんはベーコンの画集をお持ちだと聞いたのですが、以前からご興味はあったのですか?
  • 画集ではなくて彼が作品を作る際にインスピレーションを得ていた雑誌や新聞の切り抜きなどの資料を集めた本なんです。たまたまこの本を見つけて、ベーコンの制作の根源を垣間みた気がします。制作のプロセスにも俄然興味がわき、そこからベーコンを知ったという感じです。

今回の展覧会は、ベーコンにとって最も重要なテーマであった「身体」に着目しています。
バレエダンサーであり芸術監督も務める熊川さんは「身体」についてどのようにお考えですか?

僕はバレエダンサーとして「最高の芸術とは何なのだろう?」と常に考えていて、今では人間の身体に勝る芸術はないと確信しています。人間が作った造形物は後付けの美しさですが、バレエの世界を具現化するバレリーナの身体は “美”そのもの。ベーコンもヒューマンボディこそ芸術というところに行き着いて、それを具現化しようとしたのではないでしょうか。

本展のエピローグでは、ベーコンの絶筆にインスパイアされてウイリアム・フォーサイスが自ら振付をして踊った映像インスタレーションも公開されます。

フォーサイスというアプローチは面白いですね。ベーコンの作品の中にある暴力性や根拠のない一貫性はフォーサイスの世界観と一致するように思います。フォーサイスの踊りも一見滅茶苦茶にみえますが実は計算し尽くされている、もしくは逆に計算し尽くされているように見えるのに全く根拠のない偶然の一致だったりする。フォーサイスとベーコンの二人が表現しようとしていることには同一性が確かにある気がします。

熊川さんもフォーサイス作品を踊られたことがあるそうですね。

3作品くらい踊りました。フォーサイスとはビリーとテディの間柄でしたからね(笑)。彼の作品はアヴァンギャルドで動きもすごく前衛的。ロイヤル・バレエ団は当時古典的なものしかやっていませんでしたから、我々はフォーサイスのような現代舞踊に多く使われる“斜の動き”をトレーニングしていませんでした。また、バレエではいかにバランスよくポジションをとるか、足や腕のラインをまっすぐに美しく見せるかが重要でしたから、フォーサイス作品を踊った時は苦労した思い出があります。フォーサイスにはもう何年も会っていませんが、この展覧会で久しぶりに彼の作品が見られるのはすごく楽しみですね!

  • 本展に寄せて、熊川さん流ベーコン作品の鑑賞の仕方がありましたら教えてください。
  • アーティストにとって頭の中で描いているものが唯一のリアル。僕も振付けをする時は頭の中でリアルな世界を繰り広げて、それをいかに変化させずに外の世界に出すか、苦心しています。だからベーコンの絵も彼の頭の中の世界が表出しているんですよね。作品を見ると、ベーコンがどのように人間を見ていたか、とか猜疑心が強く裏を読む人だったのかなとか、想像できて面白いです。きっとものの本質を見抜こうとして彼なりに感じたものが反映されているんでしょうね。
  • 頭の中にイメージしたものをそのまま表現することは容易ですか?
  • それはすごく難しいです。何かを表現するということは頭の中の“リアルな世界”で作ったものを、僕にとってはバーチャルである外の世界に“捨てる”という感覚で、誤解を恐れずに言うならば作品は排出物なんです。
    ただ逆に他人の作品を見る時は、それを創った人の頭の中の“リアルな世界”を覗いている感覚はありますね。ベーコンの作品を見る時も、作品を超えて彼の頭の中を覗き見している感じです。でも悲しいかな一度外に出たものは作家にとってリアルではない。だからベーコンも意外と自分の作品がいかに高額で取引されようが、どうでもいいと思っていたかもしれませんよ。
  • 表現する方ならではの面白い見方ですね、参考にして鑑賞してみたいと思います。では最後に、本展の音声ガイドのナレーションを担当するにあたっての想いなどありましたらお願いします。
  • 僕は2012年に40歳になったのですが、これを機にバレエという世界だけではなく、様々なジャンルの先人たちが残した偉大な芸術を見たり伝えたりしていきたいと思い始めていたので、今回ベーコン展の音声ガイドを担当させていただく機会を得てとても光栄です。バレエと絵画は言葉のない芸術というところに共通点があります。この展覧会では僕なりの解釈でベーコンの魅力を伝えていければと思いますので、皆さんどうぞご期待ください!

熊川哲也

熊川哲也 KUMAKAWA TETSUYA

北海道出身。10歳でバレエを始め、15歳で英国ロイヤル・バレエスクールに入学。89年にローザンヌ国際バレエ・コンクールで日本人初のゴールド・メダルを受賞。同年、東洋人として初めて英国ロイヤル・バレエ団に入団し、史上最年少でソリストに昇格。93年、プリンシパルに任命される。98年に英国ロイヤル・バレエ団を退団。翌年、Kバレエ カンパニーを創立。既存のバレエ公演のイメージを変える圧倒的な完成度の作品を制作し続け、自身の演出/再振付による「ジゼル」「白鳥の湖」「ドン・キホーテ」「海賊」「ロミオとジュリエット」など、古典全幕作品を数多く芸術監督として送り出し、上演・主演している。
2012年1月、Bunkamuraオーチャードホール初代芸術監督に就任。就任記念として上演された新作「シンデレラ」は世界初演にして全公演完売の大成功をおさめた。
2013年3月6日(水)~10日(日)は待望の再演となる『シンデレラ』をBunkamuraオーチャードホールで上演。2013年4月11日(木)~20日(土)には『ベートーヴェン 第九、他新作二作品』をBunkamuraオーチャードホールと、大阪フェスティバルホールにて上演予定。
公演詳細は http://k-ballet.co.jp から。